イブセンならイブセンを本位として、説明するには、在来の何々主義(しかもそのうちの一つ)で足りると思うのは、また足りなければならないと思い定めてかかるのは、やはり歴史的研究の弊を受けたものではなかろうかと愚考致します。それで少々出立地を変えて見たら、この窮屈を破ると同時にこの曖昧(あいまい)をも幾分か避けられるだろうと思います。
(四)[#(四)は縦中横] もう一つ申して本題に入るつもりでありますが、これは純粋なる歴史的研究とは云えないかも知れません。今まで述べた三カ条はみな文学史に連続した発展があるものと認めて、旧を棄(す)てて漫(みだ)りに新を追う弊とか、偶然に出て来た人間の作のために何主義と云う名を冠して、作そのものを是非この主義を代表するように取り扱った結果、妥当を欠くにもかかわらずこれをあくまでも取り崩(くず)しがたき whole と見傚(みな)す弊や、あるいは漸移(ぜんい)の勢につれてこの主義の意義が変化を受けて混雑を来(きた)す弊を述べたのであります。ここに申す事は歴史に関係はありますが、歴史の発展とはさほど交渉はないように思われます。すなわち作物を区別するのに、ある時代の、ある個人の特性を本(もと)として成り立った某々主義をもってする代りに、古今東西に渉(わた)ってあてはまるように、作家も時代も離れて、作物の上にのみあらわれた特性をもってする事であります。すでに時代を離れ、作家を離れ、作物の上にのみあらわれた特性をもってすると云う以上は、作物の形式と題目とに因(よ)って分つよりほかに致し方がありません。まず形式からして作物を区別すると詩と散文とになります。これは誰でも知っている事で改めて云うほどの必要も認めません。詩と散文と区別したからと云って創作家の態度がちょっと髣髴(ほうふつ)しにくいのです。分けないよりましかも知れないが、分けたところで大した利益も出て来ないようです。次に問題からして作物の種類別をすると、まず出来事を書いたものを叙事詩(これは希臘(ギリシャ)の作を土台にして付けた名だから、我々は叙事文と云っても構いません)と名づけたり。自己の感情を咏(えい)じたものだから抒情詩(これも抒情文としてもよろしい)と申したり。性格を描いたり、人生を写したりするんで、小説とか戯曲とかの部類に編入したり。あるいは静物を模写するんで叙景文と号するような分類法であります。この分類になると多少細かになりますから、詩と散文の区別より幾分か創作家の態度を窺(うかが)う事ができて、ずいぶん重宝ではありますが、これとても与えられた作物を与えられたなりに取り扱うだけで、その特性を概括するにとどまってしまいやすいから、それより以上に溯(さかのぼ)って、もう少し奥から、こう云う立場で、こう変化すると小説ができる、こう変化すると抒情詩ができるとまでは漕(こ)ぎつけていないのが多い。そこまで漕ぎつけない以上は、頭から、結果と見られべき作物を棄(す)てて源因と認めべき或物の方から説明して、溯る代りに、流を下ってくる方が善い訳になります。つまり角(つの)があるから牛で、鱗(うろこ)があるから魚だと云う代りに、発生学から出立して、どんな具合に牛ができ、どんな具合に魚ができるかを究(きわ)めた方が、何だか事件が落着したような心持が致します。
私が創作家の態度と題して、歴史の発展に論拠を置かず、また通俗の分類法なる叙事詩抒情詩等の区別を眼中に置かないで、単に心理現象から説明に取りかかろうと思うのはこれがためであります。
それで創作家の態度と云うと、前申した通り創作家がいかなる立場から、どんな風に世の中を見るかと云う事に帰着します。だからこの態度を検するには二つのものの存在を仮定しなければなりません。一つは作家自身で、かりにこれを我(が)と名づけます。一つは作家の見る世界で、かりにこれを非我と名づけます。これは常識の許すところであるから、別に抗議の出よう訳がない。またこの際は常識以上に溯(さかのぼ)って研究する必要を認めませんから、これから出立するつもりでありますが、今申した我と云うものについて一言弁じて後の伏線を張っておきたいと思います。もっとも弁ずると申しても哲学者の云う“Transcendental I”だの、心理学者の論ずる Ego の感じだのというむずかしい事ではありません。ただ我と云うものは常に動いているもので(意識の流が)そうして続いているものだから、これを区別すると過去の我と現在の我とになる訳であります。もっともどこで過去が始まって、どこから現在になるんだと議論をし出すと際限がありません。古代の哲学者のように、空を飛んで行く矢へ指をさして今どこにいると人に示す事ができないから、必竟(ひっきょう)矢は動いていないんだなどという議論もやれないでもありません。そう、こだわって来ては際限がありませんが、十年前の自分と十年後の自分を比較して過去と現在に区別のできないものはありませんから、こう分けて差(さ)し支(つかえ)ないだろうと思います。そこで――現在の我が過去の我をふり返って見る事ができる。これは当然の事で記憶さえあれば誰でもできる。その時に、我が経験した内界の消息を他人の消息のごとくに観察する事ができる。事ができると云うのですから、必ずそうなると云うのでもなければ、またそう見なくてはならないと云うのでもありません。例(たと)えば私が今日ここで演説をする。その時の光景を家(うち)へ帰ってから寝ながら考えて見ると、私が演説をしたんじゃない、自分と同じ別人がしたように思う事もできる――できませんか。それじゃ、こういうなあどうでしょう。
(四)[#(四)は縦中横] もう一つ申して本題に入るつもりでありますが、これは純粋なる歴史的研究とは云えないかも知れません。今まで述べた三カ条はみな文学史に連続した発展があるものと認めて、旧を棄(す)てて漫(みだ)りに新を追う弊とか、偶然に出て来た人間の作のために何主義と云う名を冠して、作そのものを是非この主義を代表するように取り扱った結果、妥当を欠くにもかかわらずこれをあくまでも取り崩(くず)しがたき whole と見傚(みな)す弊や、あるいは漸移(ぜんい)の勢につれてこの主義の意義が変化を受けて混雑を来(きた)す弊を述べたのであります。ここに申す事は歴史に関係はありますが、歴史の発展とはさほど交渉はないように思われます。すなわち作物を区別するのに、ある時代の、ある個人の特性を本(もと)として成り立った某々主義をもってする代りに、古今東西に渉(わた)ってあてはまるように、作家も時代も離れて、作物の上にのみあらわれた特性をもってする事であります。すでに時代を離れ、作家を離れ、作物の上にのみあらわれた特性をもってすると云う以上は、作物の形式と題目とに因(よ)って分つよりほかに致し方がありません。まず形式からして作物を区別すると詩と散文とになります。これは誰でも知っている事で改めて云うほどの必要も認めません。詩と散文と区別したからと云って創作家の態度がちょっと髣髴(ほうふつ)しにくいのです。分けないよりましかも知れないが、分けたところで大した利益も出て来ないようです。次に問題からして作物の種類別をすると、まず出来事を書いたものを叙事詩(これは希臘(ギリシャ)の作を土台にして付けた名だから、我々は叙事文と云っても構いません)と名づけたり。自己の感情を咏(えい)じたものだから抒情詩(これも抒情文としてもよろしい)と申したり。性格を描いたり、人生を写したりするんで、小説とか戯曲とかの部類に編入したり。あるいは静物を模写するんで叙景文と号するような分類法であります。この分類になると多少細かになりますから、詩と散文の区別より幾分か創作家の態度を窺(うかが)う事ができて、ずいぶん重宝ではありますが、これとても与えられた作物を与えられたなりに取り扱うだけで、その特性を概括するにとどまってしまいやすいから、それより以上に溯(さかのぼ)って、もう少し奥から、こう云う立場で、こう変化すると小説ができる、こう変化すると抒情詩ができるとまでは漕(こ)ぎつけていないのが多い。そこまで漕ぎつけない以上は、頭から、結果と見られべき作物を棄(す)てて源因と認めべき或物の方から説明して、溯る代りに、流を下ってくる方が善い訳になります。つまり角(つの)があるから牛で、鱗(うろこ)があるから魚だと云う代りに、発生学から出立して、どんな具合に牛ができ、どんな具合に魚ができるかを究(きわ)めた方が、何だか事件が落着したような心持が致します。
私が創作家の態度と題して、歴史の発展に論拠を置かず、また通俗の分類法なる叙事詩抒情詩等の区別を眼中に置かないで、単に心理現象から説明に取りかかろうと思うのはこれがためであります。
それで創作家の態度と云うと、前申した通り創作家がいかなる立場から、どんな風に世の中を見るかと云う事に帰着します。だからこの態度を検するには二つのものの存在を仮定しなければなりません。一つは作家自身で、かりにこれを我(が)と名づけます。一つは作家の見る世界で、かりにこれを非我と名づけます。これは常識の許すところであるから、別に抗議の出よう訳がない。またこの際は常識以上に溯(さかのぼ)って研究する必要を認めませんから、これから出立するつもりでありますが、今申した我と云うものについて一言弁じて後の伏線を張っておきたいと思います。もっとも弁ずると申しても哲学者の云う“Transcendental I”だの、心理学者の論ずる Ego の感じだのというむずかしい事ではありません。ただ我と云うものは常に動いているもので(意識の流が)そうして続いているものだから、これを区別すると過去の我と現在の我とになる訳であります。もっともどこで過去が始まって、どこから現在になるんだと議論をし出すと際限がありません。古代の哲学者のように、空を飛んで行く矢へ指をさして今どこにいると人に示す事ができないから、必竟(ひっきょう)矢は動いていないんだなどという議論もやれないでもありません。そう、こだわって来ては際限がありませんが、十年前の自分と十年後の自分を比較して過去と現在に区別のできないものはありませんから、こう分けて差(さ)し支(つかえ)ないだろうと思います。そこで――現在の我が過去の我をふり返って見る事ができる。これは当然の事で記憶さえあれば誰でもできる。その時に、我が経験した内界の消息を他人の消息のごとくに観察する事ができる。事ができると云うのですから、必ずそうなると云うのでもなければ、またそう見なくてはならないと云うのでもありません。例(たと)えば私が今日ここで演説をする。その時の光景を家(うち)へ帰ってから寝ながら考えて見ると、私が演説をしたんじゃない、自分と同じ別人がしたように思う事もできる――できませんか。それじゃ、こういうなあどうでしょう。